ハイリフト
無濁浚渫工法
浚渫工事の
未来を変える革新的技術− 地域の安心につなげたい −
ダム底の土砂を取り除く“浚渫工事”に、今までなかった方法を。
独自の視点で開発した新技術に込められた、フジタの想い、そしてこだわりとは。
プロジェクトの
中心となったメンバー
- 担当課長 稲見
- 部長 本多
汚濁を発生させずに、
土砂を高く
汲み上げる工法を
全国には多数のダムが存在し、貯水や治水、発電、環境保全などといった役割を各地域で果たしている。しかし年月とともに、堆砂(水底に堆積した土砂)がその機能を低下させてしまう。実際、国内に存在するダムのうち100ヶ所以上に、その傾向が見られるという。さらに、そのうち20ヶ所以上は洪水調整機能までも低下の傾向にあり、自然災害が激甚化する今日、対策が急務となっている。
そんな中、2022年8月、フジタはダム底に溜まった土砂を除去するための新たな工法「ハイリフト無濁浚渫工法」を発表した。今回の開発プロジェクトにおいて、部長として指揮を執った本多。開発当初をこう振り返る。「ダムの長寿命化はもちろん、地域貢献にもつながる技術を是非実現させたいと思いました。堆砂を除去するにも、濁水を発生させ、拡散してしまえば、ダムの機能、それだけでなく周辺地域の生活にも支障をきたしてしまいますから」。
従来の浚渫工法の中には、堆砂を吸い込む際、水中で濁りを発生させずに実現できる“真空吸引ポンプ”を使用する方法がある。しかしネックとなるのが、汲み上げ可能な高さが水で10m、泥土を含むと5m程度にとどまっている点だ。高揚程(高く汲み上げ可能)な従来工法としては“サンドポンプ”を使用する方法があるが、水中で汚濁を発生させてしまう弱点がある。さらに設備が大きく、適用できる広さを持つダムが限られてしまっていた。
このような状況下、今回の開発プロジェクトで担当課長として最前線で開発に携わった稲見は「真空吸引ポンプとサンドポンプ、両方のメリットを重ね合わせた、そんな工法を生み出したい想いで取り組みました。高揚程で汚濁も抑えられて、移送や組み立てもコンパクトにできる、まさに理想の設備をどうすれば実現できるか本気で考えました」と回想する。
数々の実験を重ね、
関係者から
一定の評価を獲得
新しい浚渫工法を生み出す開発プロジェクトは2015年からスタート。陸上にタンクを置き、水と土砂を入れダム湖を再現。そこで試行錯誤しながら実験を重ねていった。最初のうちは真空吸引の力に空気を供給して気流により搬送する方式を数々試したが、なかなか思うような結果は得られなかった、本多は「土砂は重いですから、空気だけの力で吸引するのは至難の技。これは発想を変えるしかないと思い、次の施策に乗り出しました」と語る。
苦い失敗から得られた結果を元に試みたのが、真空吸引と「攪拌(かくはん)高濃度ポンプ」の融合だ。土砂と水とをかき混ぜ、柔らかい状態(スラリー)にして水上に吸い上げるという、従来工法のサンドポンプでも採用されている技術である。ポンプの先端に水中掘削機(オーガ)を2基設け、それで堆砂を掘り起こし、真空発生ポンプによる真空で汚濁を発生させないよう一気に吸引。ある程度吸い上げた堆砂を今度は攪拌高濃度ポンプが中継し、その高さを伸ばすという方法。その試みで風向きは一変する。この方法によるノウハウを蓄積し、2019年には水深22mの堆砂を吸引することに成功した。この結果に稲見は「長い道のりでしたが、開発当初まさに描いていたような“汚濁を発生させずに堆砂を高く吸い上げる工法”の実現に、大きく近づくことができた」と大きな手応えを感じていた。
その成果をダム湖で検証しようと、官公庁や電力会社、そして共同開発社である河本組の協力を仰ぎながら広島のダムに足を運び、実験を開始した。1回目の実験が行われた場所が、梶毛(かじけ)ダム。ここでは汚濁を発生させずに土砂を吸引できた高さは水深13.2m、目標には届かずに終わった。加えて堆砂を吸引できても放出に時間を要し、連続的に吸引ができないという課題も残る結果となった。そこで2回目の実験となる土師(はじ)ダムでは、攪拌高濃度ポンプの大型化、2基のタンクで堆砂の放出を交互に行うことができる「連続泥土回収タンク」を採用。その結果、水深19.2mにおいて連続性の高い吸引を実現し、大きな進歩を遂げた。
その後も稲見は、実際のダムにおいて、実証実験を重ね、ブラッシュアップを続けた。「汚濁を発生させない、というメリットをきちんと実証したかった。2ヶ所の電力系ダムで実験の機会をいただき、発電機能のある取水口で、その機能を停止させない状態で工事を行いました。まさに緊張の現場でしたが、発電を止めることなく浚渫工事を完了し、設備管理の担当者様からも一定の評価をいただくことができ、安心しました」(稲見)
新技術とデータ管理で
ダムの長寿命化を
支えたい
後半のダム2ヶ所での実験時には、さらに設備のコンパクト化も実現した。まずは吸引した堆砂を処理する機械を設備構成から外し、陸上の土砂ピットで回収する方式を採用。さらに約8.5tもの大きさだった真空吸引装置を分割化するといった改良を行った結果、設備が集約した作業台船のユニット当たりの最大重量を約4t以内にとどめることができた。このコンパクトさは汎用性を高めるためにも重要だと稲見。その想いを「ダム湖への道や敷地内が狭いなど、ダム周辺の環境は各地で違います。工事を行いたくても設備の大きさがネックとなって実施できない、というリスクを極力避けたかった」と語る。
こうして、汚濁を抑えながら高揚程の浚渫工事を可能とする「ハイリフト無濁浚渫工法」が開発された。この工法にはもうひとつ大きな特長がある。それはICT施工支援システムを搭載している点である。各設備にセンサーを設置し、GNSS(全地球測位衛星システム)で送受信。台船上の中央制御室で各設備の状態を確認でき、進捗をモニタリングしながら管理するシステムだ。
「実際のダムで実験を行っていた時も、堆砂を掘り起こすオーガを水中に沈めた後、その状態が確認できなくて苦労しました。そのためオーガに荷重計と傾斜計を設置し、その数値と水中カメラの映像で、状態をきちんと確認できるようにしました」と稲見は、ICT施工支援システムがもたらした進化を語る。台船の底にはエコー測定器も設置されており、水深や障害物の有無、堆砂の起伏や柔らかさまで解析できる。
このシステムで浚渫工事が行いやすくなるのはもちろんだが、工事内容をすべてデータ化することで、ダムの長寿命化を見据えた維持管理にも役立っていく。ダム湖の水位は毎日のように変わるが、こういった情報を管理しておくことで、土砂が堆積しやすい位置を見逃さないための情報源となる。このICT施工支援システムについて本多は「作業人員も最小限に抑えることができます。そういった面でも生産性・汎用性の高い工法を世に出せた、という達成感があります」と笑顔で話す。
常識に捉われない、
汎用性の高い革新的技術
守りたいのはダム、
そして周辺に
広がる地域環境
このハイリフト無濁浚渫工法は2023年6月、地域の建設事業推進に寄与したとされる業績を表彰する「日本建設機械施工大賞」で優秀賞を受賞。官公庁や民間企業に対して情報発信を続ける中、多くの問い合わせがあり、実際に実施計画が進行している案件も生まれている。さらには、ダムの浚渫工事ではなく他の用途で使えないかという相談も。その反響の大きさに稲見も驚きを見せる。
ダムは、100年以上の耐用年数を見越して建設されるものだが、100%の機能を発揮させ続けるためには定期的な維持管理が不可欠である。そういったニーズに加えて、周辺環境への配慮にもつながる水中の汚濁抑制といった技術も兼ね備えて開発したという点は、まさにフジタ独自の着眼点だと本多は語る。「新しい浚渫工法を開発するとなれば“いかに多くの堆砂を除去できるか”と、作業の効率性などに注力するのが通常ですが、今回開発したハイリフト無濁浚渫工法のように、いかにダムの機能を止めずに施工できるか、ダムの周辺環境に悪影響を及ぼさないかといった視点は、まさにフジタという企業のカラーを感じる部分だと思います」(本多)
一見、王道とは言えない発想から生まれた、独自性の高い内容である工法開発が実現できたのも7年もの間、見守り続け、手を差し伸べてくれたフジタの企業風土のおかげだと稲見は話す。その上で「近年では既存ダムの維持管理に力を注ぐ姿勢も非常に重要だと感じています。年々、大雨などの自然災害も多く起こっていますから、この工法が全国各地の被害抑制につながるような、人に安心感を与える存在となってくれれば嬉しいです」と目を細める。
ダムは、周辺の地域社会を支えるために存在する。フジタの新技術には、各地の暮らしを気遣う、真摯な姿勢が込められている。
ダム周辺環境への
配慮にもつながる新工法
王道とは言えない発想にも
手を差し伸べてくれる環境
だからこそ実現できた技術。
担当課長稲見