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プロジェクト座談会 ─ 奏の杜プロジェクトに迫る

奏の杜プロジェクトは、千葉県習志野市JR津田沼駅南口に位置する35ヘクタール(東京ドーム7.5個分)もの土地が舞台です。土地区画整理事業により基盤整備を行った上で、新たなまちづくりが進められています。住宅や施設、道路などを単体でつくるのではなく、「まち」そのものを新たにつくり出すという大規模かつ公共性の高い同プロジェクトは、どのようなものだったのか?参画したメンバーによる、座談会で紐解きます。

MEMBERS※所属は取材当時のものです。

  • 鎰谷 聡

    東関東支店
    津田沼プロジェクト室

  • 太田 祐次

    営業本部 企画営業統括部
    事業企画部

  • 岡田 幸雄

    東京支店
    津田沼区画整理作業所

  • 赤木 寛

    東京支店
    設計部

  • 諸留 幸治

    東京支店
    津田沼29PJ・14PJ作業所

真っ白なキャンバスに街を描き、それをつくり上げていく

鎰谷:計画地は、旧来より市街化調整区域内農地として、ブランド野菜などを栽培する優良農地が多数存在するエリアでした。しかし、高齢化などの理由で、農業を継続することが難しくなった農家が増加したことや、相続によって、宅地と農地が虫食い的に混在し始めたこと、そして、駅前という好立地を活かした新たな土地利用転換の機運が、地域・行政共に高まってきたことを背景に、プロジェクトが発足しました。

太田:確か、2003年の秋だったと思います。この農地一帯の地権者約200名によるまちづくりに向けた準備組織が発足しました。2004年、事業協力者としてこの準備組織から選定していただいたフジタの立ち位置は、彼らの共有資産を維持・発展させるためのさまざまな施策を提案し、まちづくり・まち育てを取り仕切り、かつコーディネートしていくというものでした。

岡田:具体的には、地域特性に応じた都市計画・土地利用計画の立案、道路・公園などの基盤整備の推進といったまちづくりに必要なさまざまな計画を発案し、その実行に必要な組織や体制の立ち上げおよび運営など、プロジェクト全体をコントロールしていく役目をフジタは担っていました。

赤木:それぞれの街区が、個々に完結し主張するのではなく、隣り合う街区同士が引き立てあい、開発地全体の景観などを、理想とする「まち」として成立させていく訳ですが、言葉で言うほど簡単ではないですね。

諸留:「まち」そのものの価値を高めるために、緑・景観、安全・安心、環境、コミュニティ形成などのさまざまな生活環境を配慮した上でのまちづくりを目指していった訳です。

後世に残るような「まち」とは?それを徹底的に突き詰めた

赤木:もともと大半が畑であったこの地域一帯が、「まち」に生まれ変わっていく・・・いわゆる「まち」そのものを創出できた。そしてこの地を気に入り、住まう人達が増え、美しく活気に満ちた「まち」の姿を目の当たりにした時、私はこのプロジェクトの醍醐味を実感しました。皆さんはいかがでしたか?

岡田:私は、どういった手順で現場を仕上げていくかを検討したり、さまざまな規制を考慮しながら仮設計画を自由に練っていったりと、自分なりの創造性を計画に盛り込んでいくプロセスに面白味を感じました。

諸留:やはり自分の描いたとおりに巨大な建造物が完成形に近づいていくことが一番の醍醐味ですね。そして、共にプロジェクトに臨んだ工事関係者と困難を乗り越え、最終的に仕事を完遂し「ありがとう。おつかれさま!!」と互いに労い合った時に、感無量というか大きな達成感を感じました。

太田:まちをつくること自体も、すごいことですが、そのまちを将来的にどう維持していくかまでを徹底的に勘案した。この点に、大きな意義を感じています。最新の事例を徹底して研究した上で、本プロジェクトがそれらの上を行くように、考え得るあらゆる手段を講じましたし、そのためにさまざまな困難を皆と共に乗り越えてきた・・・達成感は大きいですよね。

鎰谷:後世に残せるような新たな「まち」を創るという、地域のニーズを形にしていくこと、それ自体、挑み甲斐がある仕事でした。そして、そこに住む人、事業を行う人、行政の関係者・・・さまざまな立場の人に喜びを感じていただけたことが、このプロジェクトに参画できて良かったと感じられる理由です。ただ、そういった達成感や満足感を得られるまでには、苦労も多かった。

太田:地権者が大勢いらっしゃるので、まちづくりにかける想いやご意見も多様にあります。これらを理解しながら新しい提案を行い、それを受け入れていただくことに力を注ぎました。それこそ社内外を含めた総力戦で、計画の精査から関係権利者へのプレゼンテーションまで粘り強く、我慢強く、地道に行ってきました。

鎰谷:「地域全域における申出による集約換地」「大街区における共同事業」「まちづくり・まち育てガイドラインの策定・運用」「環境緑地の設置」「地域全域における電線類の地中化」・・・と例を挙げきれないほどの施策を行いましたが、それらは「国内初」「地域初」の冠がつく取り組みばかり。やはり、初の試みには障害がつきもので、それらを手探りで対処していくプロセスでは、本当にエネルギーが必要でした。

諸留:実際には、どの様な困難を、どのように乗り越えていかれたのですか?

鎰谷:社内外の専門家や有識者と知恵を出し合い、様々な施策を立案する。そして、誠意を持って提案し、地域のニーズに応えるものであることの理解を得て、実施につなげる。言葉にすると平易に聞こえるかもしれませんが、すべての地権者や行政の理解と信頼を得て進めていくのは様々な工夫が必要です。幸い、地域のリーダー格の方々は非常に意識の高い方だったので、これらの方々と二人三脚で取り組みました。
また、事業の特性上、どうしても長期間の取り組みとなるので、常にスピードを意識しながらも変化への対応も考慮しながら進めることに尽力しました。

赤木:各街区の建物計画を事業主の要望を基に進める我々設計部門にとっては、リーマンショック後の市況悪化により、計画の見直しを余儀なくされた時の事を思い出します。住戸の平均サイズを小さくしなければ市況に合わないが、その分住戸数を増やす必要がある。しかしそう簡単には増やす事が出来ずトライ&エラーを何度も重ね・・・。結果として、事業を成立させる計画に見直すとことができたのですが、これを実現できなければ、事業主はもちろん、地権者にとっても、当社にとっても、プロジェクト(区画整理事業・街区事業共)が成功したとはいえませんので。

岡田:本当に細かいところまでを挙げればきりがないくらい困難がありましたよね。皆が与えられた職務に真摯に取り組み、かつ誠意を持って周囲との交渉や折衝に臨んだからこそ、成しえたのでしょうね。

フジタのさまざまな強みが結実したプロジェクト

諸留:結果として、建物の品質が評価され、外部機関から賞をいただいたり、社内でも社長賞をいただいたりと、多方面から嬉しい反応が得られた。それに加えて、引き渡しが済んだマンションの近くで、今もなお進行している工事があるため、住人の声を聞くことができるんです。「良いものをつくってくれてありがとう」と実際に言われたときは、やはり込み上げてくるものがありました。

太田:そして、住む人にとっては住みやすく、地権者にとっては資産価値が高まるようなまちづくりに、微力ながらも寄与できた。

鎰谷:良い「まち」とは、突き詰めれば住みたいと思えることなのでしょうが、駅からの人の流れであったり、日照条件であったり、防犯性だったり、さまざまな目的をしっかりと昇華できたプロジェクトであると言えると思います。

赤木:「奏の杜」という地名がブランドとして定着しつつありますしね。

鎰谷:習志野市は学校音楽の発祥の地と言われていて、良質な音楽ホールもあるなど、音楽に造詣の深い地域で、それにも由来しています。

太田:いろいろと候補を挙げさせていただいて地権者アンケートを行ったのですが、その中で圧倒的に高評価だったのが「奏の杜」だったと。地域の方々の想いが現れていますよね。

岡田:実は、五線譜や楽器をモチーフとしたデザインが、まちの所々に用いられていたりもするんですよね。

鎰谷:こうした土木・建築の枠を越えたまちづくりのトータルサポートができたことは、間違いなくフジタの今後の試金石になっていくでしょうね。

岡田:フジタの強みは結束力。そして粘り強さ。改めて振り返ると、それが結実したプロジェクトでしたね。

諸留:私も、フジタのチームワークのすばらしさを随所で感じたプロジェクトでした。とは言え、まだ継続中のプロジェクトですけどね(笑)。

赤木:そういったフジタのノウハウ・知識・技術を、個人も組織も、ともに洗練させ、今まで以上にマーケットの要求にこたえていける様にならなければと。

太田:以前から「フジタは他とはひと味違うな」と周囲から評価されてきたのがフジタ。それは、各人がプロフェッショナリズムを発揮してきたからに他なりません。その評価をさらに高められるよう邁進していきたいですね。

プロジェクト進行に伴う街の変遷
プロジェクト進行に伴う街の変遷

PROFILE※所属は取材当時のものです。

  • 鎰谷 聡

    東関東支店 津田沼プロジェクト室
    1989年入社

    事業開始当初からのメンバーであり、事業の立ち上げからその進捗を管理するために、あらゆる調整を行ったプロジェクトマネージャー。各個別事業での事業者の選定から、地権者へのコンサルティング、土木・建築事業の立案・受注営業など、プロジェクトのベクトルを決める局面に包括的に携わった。

  • 太田 祐次

    営業本部 企画営業統括部 事業企画部
    1988年入社

    工事受注の枠を越えた多角的な取り組みを推し進める横断組織「まちづくり・新規事業委員会」のメンバーとして、まちの価値を高める方策立案や、まちを維持管理するためのエリアマネジメントに携わる。同時に組合・地権者に対する、プロジェクトコンセプトの共有活動なども行った。

  • 岡田 幸雄

    東京支店 津田沼区画整理作業所
    1993年入社

    区画整理事業における、基盤整備工事の責任者として、土木工事の施工管理全般に従事。事業費やスケジュール・関連工事業者との調整を行う。補助金を運用する公共性の高いプロジェクトだったこともあり、行政との交渉役も務めた。

  • 赤木 寛

    東京支店 設計部
    1992年入社

    街区形成の段階においては、設計部門の一員として各街区建物のシミュレーションや、公共部分の整備と民地部分の規制を取りまとめる景観部会に街区設計者の立場で参画。各街区確定以降は、集合住宅計画において設計部門の長として、計7街区、約2200戸のプロジェクトを推進した。

  • 諸留 幸治

    東京支店 津田沼29PJ・14PJ作業所
    1996年入社

    作業所長兼品質管理責任者として、建築施工管理を担当。奏の杜エリアですでに引き渡しを終えた721戸からなるマンション、そして、2015年秋に新しく竣工予定の4つの居住棟(計869戸)で構成されるマンションの工事全般を指揮し舵取りを行う。

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