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2006.09.01

想いを形にする

千葉県習志野市、JR京葉線の新習志野駅に降り立ち、駅の南側を見ると巨大な曲線を描く銀色の屋根が目に入ってくる。これが、9月末にオープンする『ボートピア習志野』の大屋根だ。


ボートピアは競艇の場外舟券売場の愛称で、競艇場から離れた地域の人でも競艇を身近に楽しんでもらうためのレジャー施設だ。現在、全国には21のボートピアがあるそうだが、これらのボートピアの中でも、ボートピア習志野ほど外観に特徴を持つ建物はないだろう。写真を見ていただくとお分かりの通り、巨大な曲面屋根が全体を覆う形になっている。正面から見ると、筆者にはまるで大きな波が押し寄せているようにも見えるし、ボートが水をかき分けているようにも見える。

 

(上下共 2006年8月4日撮影)

 

では、なぜ「ボートピア習志野」はこの形になったのだろうか。そこにはどんな想いが込められているのか。また、形になるまでの苦労や工夫にはどんなものがあったのだろうか。


そんな疑問にお答えいただくために、以下の関係者(建築主、設計者、施工者)に、この施設に込められた想い、設計や施工時の工夫や苦労などをうかがった。


河瀬洋さん
山﨑清貴さん
久保田正彦さん
榎本鍈雄さん
石井篤
三輪若菜
小林倫雄
(株式会社テックエステート 取締役 開発担当支配人)
(株式会社テックエステート ボートピア事業開発部 運営担当部長)
(株式会社レーモンド設計事務所 第一設計部 設計課長-意匠設計)
(株式会社レーモンド設計事務所 構造部長)
(当社 設計エンジニアリングセンター 構造設計部 部長)
(当社 設計エンジニアリングセンター 構造設計部)
(当社 東京支店TEC習志野作業所 所長)

【日本一のボートピアを目指す】

河瀬さんと山﨑さん
 テックエステートの河瀬さん(左)と山﨑さん

まず、ボートピア習志野を建設し、運営管理をおこなっていく河瀬さんに、施設建設を決めた際にどんな建物にしたいという想いがあったのかを聞いてみた。
河瀬さんは「売上、規模を含め、日本一のものにしたかった」と即答。
場所は新習志野駅前という好立地であり、しかもテックエステートの親会社である東洋エンジニアリングは、ボートピア習志野に隣接した敷地に本社ビルを構えている。また、ボートピア習志野の敷地にはもともと東洋エンジニアリンググループの施設があった。それを解体して新たな施設建設から行う事業であり、グループ内でもビックプロジェクトであることは間違いない。
だから、やるからにはそれなりの覚悟で取り組み、他には無い機能を備えた日本一のボートピアを造りたいという想いがあったそうだ。

【今までにない新しいボートピアを】

久保田さん
レーモンド設計事務所の
久保田さん

そして、この建築主の想いをうけて意匠設計を担当したのがレーモンド設計事務所の久保田さんだ。

この仕事を聞いてまず久保田さんが考えたのは「日本一のボートピアとは?」ということだった。
ボートピアは当時17カ所しかなく、新しいボートピアをつくるチャンスというのは滅多にない。そのボートピアを日本一にするために久保田さんが考えたのが、地域とも調和し、かつ、建物自体が看板になるものを提案するということだった。
車道を挟んだ向いには、個性的なファサードを持つ千葉県国際総合水泳場があり、これを意識しつつ今までのボートピアにはない、建物自体がシンボルになるようにするということ。


当初2案をプレゼンテーションした。箱型の形状と曲線を用いた案。曲線案のその時のイメージは「木の葉が舞い降りた」もので、全員一致でこの案が採用となった。
そして建物内部には、これまでも建てられてきたボートピアにはない機能を導入し、建物にさまざまなプランを盛り込んだ。
たとえば、1~3階の座席から見ることができる大型スクリーンを有した高さ27mの吹き抜けが圧巻だ。スクリーンを囲んだ観客席はまるで劇場のようになっている。また、一般席、指定席があるのは今までのボートピアでも同様だが、習志野のボートピアには、コンピューターとICカードを用いて在席投票も可能なブース型の指定席や、愛煙家のための指定席など、バリエーションに富んだ設備やプランが盛込まれており、訪れる人のさまざまなニーズに応えてくれる。
意匠設計では、まさしくイメージのたくみが日本一のボートピアを描き出した。

 

吹抜けの観客席

252インチのスクリーンを囲む、3層吹抜けの劇場のような観客席

 

3階茜クラブ

3階の茜クラブ  ブース型の指定席からはコンピューターとICカードを用いての投票も可能
目を転じると美しい夜景が・・

【大屋根を支えるための構造】

さらに、建物を建てるためには、意匠設計をうけて具体的な構造設計へと進む。この構造設計を行ったのが、榎本さんと石井、三輪だ。

 

屋根の幾何形状

 

石井(右)と三輪

フジタ 構造設計部の石井(右)と三輪

屋根の幾何形状

 

このボートピアの看板となる大屋根は、20度傾けた円筒をいくつかの円で切り出した、平面的には「木の葉」とも「尾のないマンタ」とも見える形状をしている。「作図上は明解な曲線だったものの、構造的には境界の支持部分が複雑で曲面としての力の流れが難しい建物」と、石井。

 

大屋根の伏図

大屋根の伏図

 

この大屋根は、大きな円弧状部分を建物外周部の大梁に、翼の両先端を大柱に固定する。しかし、「これだけで大屋根を支持するには強固なシェル構造としなければならない。コストを抑え、かつ意匠性を損なわないように、トラス材はすべてH型鋼を使い、屋根曲面を構成した。また3階から柱を3カ所立ち上げて屋根の中央部で鉛直の重さだけを支え、水平にはすべる構造とした」というように、構造設計者も積極的にアイディアを出し、意匠設計との連携も欠かさない。

 

大屋根内部イメージ図 柱頭のすべり支承
大屋根内部イメージ図
見えているのが、3階から立ち上げた柱
柱頭にすべり支承を設置

 

また、ボートピア習志野の敷地が海に近く、屋根形状が複雑なことから、最近多発する台風被害を受けないように、建物模型を造って当社技術センターで風洞実験も行ない、屋根全体や局部への風圧がどのくらいになるのかを確認した。特定の風向で部分的に強い吹き上げ力が働くことがわかり、構造設計に反映しているという。

 

風洞実験

風洞実験 

 

外装材設計用風荷重

外装材設計用風荷重(負圧:N/㎡)

 

このようなことをはじめとして、その施工方法も含めて立体トラスの組み方を決めるのに大分試行錯誤したそうだ。
建築主の想いを受けたイメージが、構造設計で実現可能な具体的な形をつくる"数字"として、固まってきた。

 

シェル構造 : 貝殻のように薄い曲面板を用いた構造。軽量な構造部材で経済的に大空間を確保するのに適している
ト  ラ  ス : 各部材の接合点を連結して三角形の集合形式に組み立てた、長いスパンや大空間を実現させるのに有効な構造で、橋や屋根組みに用いられる

【「よいものを造る」という一致したベクトル】

小林
フジタ TEC習志野作業所の小林

そして、この設計図面から形ある建物にしていくのが作業所の腕の見せ所だ。ボートピア習志野は年間350日の営業日を想定している。この営業に支障が出ないよう、品質の確保は第一優先事項であるのはもちろん、工程、安全、原価の全てを施工現場は守る必要がある。
TEC習志野作業所の小林は、昨今の作業人員の確保が難しい中で、実質工期11カ月という急ピッチの現場施工を、基礎・建物躯体5カ月、屋根の鉄骨組み立て1.5カ月、屋根葺き1.5カ月、仕上げ3カ月と割り振った。


小林は「初めて見たとき、複雑な鉄骨をどうやって組むんだろうと思った」そうだ。その鉄骨の複雑さは後に出てくる写真を見ていただけば分かると思うが、現在はそのほとんどがかくれて見ることはできない。しかし、躯体精度が悪くて美しい建物のできる道理がない。鉄骨工事の品質・精度を最優先にさせるために、鉄骨製作会社(ファブリケーター≒ファブ)と鉄骨建て方業者の選定は、大きなポイントとなる。


レーモンド設計事務所の榎本さんは言う。「建物が曲面で構成された立体トラスであるため、鉄骨工事に関しては形状に見合った高度な能力を有する鉄骨加工業者の選定が第一で、設計監理の立場からは、製作図から加工、組み立て、建て方や現場での溶接など全てに高度な能力と精度を要求した」直接見えることのない鉄骨トラスでも、意匠設計でイメージした美しい曲線を造りだすために、ファブは当社調達センターの推薦を受けて慎重に決めた。


鉄骨建て方の実施方法については2社にプレゼンテーションしてもらった。1社は地上でトラスを大きく組み上げ、大型のクレーンで一気に揚重する方法。これは地上での安全な作業が多くなるが、超大型の重機が必要で、計画以上の地盤改良が必要となる。また、大きく不安定なトラスを吊るための仮設が大掛かりになる。一方、他の1社は、地上での組み立ては小規模のものにしておき、現場で組み立てていくというもの。揚重の頻度は多くなるが、重機が2ランクくらい小さく済み、工期は同等であった。現場では後者を採用することとした。


こうして、コストや安全に配慮しつつ、メリハリの利いた"よいものを造る"という一致した方向に3者のベクトルは向いた。

【図面を形にする難しさ】

大屋根の構造は、対称軸に平行なトラスと、それに垂直に配置されるトラスで構成されている。対称軸に平行なトラスの面は、屋根面と垂直に組まれている。すなわち鉛直ではなく、傾いて立っており、両翼に行くほど傾きが強くなる。また、20度という勾配がついており、建物外周部の大梁に固定される高さもそれぞれのトラスで異なる。この建物では、水平、垂直、レベル(高さ)に加え、角度という厄介な要素が、複合的に組み合わさっているのである。
このトラスを建物に固定して屋根に働く荷重をスムーズに建物躯体に流すために、アンカー部分の品質・精度は重要である。ところが、19カ所のアンカーボルトをそれぞれのトラスに合わせて、平面的にも立面的にも曲線で構成された大梁にきちんとセットするということは、梁の鉄筋工事との作業調整に思いのほか手間取り、またコンクリート打設の圧力に影響されずに固定するのが難しいため、精度確保も非常に厳しくなる。躯体コンクリートは、そのまま打ち放し仕上げとなるため、水平の打ち継ぎは普通行わないが、あえて大梁部分は二度に分けてコンクリートを打設し、アンカーセットの精度を確保した。
このようなことから、鉄骨組み立て完了までに半月の遅れを生じてしまった。図面に書かれた数字は、幾何学的、あるいは作図したCADデータから容易にはじき出されているが、それを空間に造っていくことの難しさは、経験して初めて実感できるものであろう。

 

アンカーセット

アンカーセットの状況

 

一方、鉄骨建て方は、作業所の職員、支店の技術部門や建て方業者に、まず構造設計の主旨をよく理解してもらった。そして架設やジャッキダウンの方法と、これらの状態を確認する測定方法とを併せて決定し、鉄骨建方計画書としてまとめて意志の統一を図った。


建て方は地震時の危険性も考慮し、建物の両側から組み立てていくことにした。しかしそうすると誤差が累積して、中央で繋がるときに"逃げ"(調整)が利かなくなる可能性もある。小林の心には、不安がよぎる。が、慎重にも慎重を重ねた鉄骨工場での立ち会い検査、綿密な施工計画や建て方精度の確保などの甲斐あって、鉄骨はぴったりと連結し、組みあがった。架設時の精度は最大で1cm以内であった。
次いでジャッキダウン。トラスを支えていたジャッキを6段階で徐々に下ろした。当然、屋根は自分の重みでいくらか下がるが、その変位もほぼ想定通りで、部分的に高さ2cm程の誤差にすぎなかった。
これは予想以上の精度で設計の意図した屋根曲面が形成されたと評価できるもので、携わったものすべてが連携してベストの機能を発揮した結果である。この達成感は、筆舌に尽くしがたいものであろう。

 

大屋根の鉄骨建て方

大屋根両側(大柱)からの鉄骨組み立て
曲線で構成された大梁(見えている外壁頂部)に19カ所のアンカーセット  (2006年3月)

 

大屋根の鉄骨建て方

建て方が完了し屋根葺きが始まる  (2006年4月)

 

【建物竣工がスタートライン】

パンフレット
パンフレットにもWのウェーブが
現在、工事は遅れを取り戻し、9月末のオープンに向けて順調に進んでいる。
建設会社としては建物の竣工・引渡しというのがゴールの一つではあるが、建築主の皆さんはそうではない。山﨑さんに当初の「日本一のボートピア」の想いが形になってきているのを見て、どのような気持ちかを聞いてみると「焦りを感じる」という答えが返ってきた。「ようやく最近になって全体のサービスのイメージが見えてきた。お客様の動線をどうするか、場内の清潔感を常に保つにはどうすればよいか。アテンダントスタッフをどうやって管理するか・・」など、営業を開始するまでの準備と、開業してからのサービスの準備で大忙しのようだ。
ボートピア習志野は今までのボートピアにはないフォルムだけれど、その分建物の主張が強いことも事実。「だから、この建物に負けないようなサービスをつくっていくのが運営側の使命だ」とお話しいただいた。
そして、これまでの競艇に対する既成概念を払拭し、新しいイメージをこの習志野でつくっていきたいという。そのために、ボートピア習志野の業務に関わる全ての人を同じベクトルに向けて、サービスを提供していくことを目指しているとのことだった。サービスに徹するその姿勢には建設会社の我々としても学ぶところが大きい。
そして、当然のことだが建物が竣工するということは、そこからがお客様のスタートになるということでもあるのだ。

【日本一に向かって】

レーモンド設計事務所の久保田さんがいうように、ボートピア習志野は屋根鉄骨の取り合いや、形状も複雑だったため、意匠設計の担当者としても着工してから気の抜くことのできない建物だった。けれど、建築主、設計、施工の3者が積極的にVEに取り組み、「建設費をメリハリを利かせて配分した」ということを始め、この3者が日本一のボートピアを目指して協力し合い、さまざまな難しさを解決してきたからこそ工事を順調に進められた。


「日本一のボートピア」はこうして形になってきた。そしてひと月後には更にたくさんの「日本一」に向けて、大勢の人達が楽しむレジャー施設になっていくに違いない。
作業所は、なによりも習志野市のランドマーク的な建物を施工できる幸せがあるが、お客様に本当に喜んでもらえるものづくりを完遂するため、最後まで気を引き締めている。

 

エントランス

エントランス  2階へ通じるシンボリックな螺旋階段

 

発券所

発券所

 

『ボートピア習志野』
全国でも珍しい4場併売で、全国24カ所の競艇場で開催されるナイターも含む全レースを販売。また、ICカードによる在席投票の最新システムをはじめとしたバリエーション豊かな指定席や、252インチの大型スクリーンを楽しめるメインホールなど、最新の観戦スタイルで一人でも、グループでも楽しめる。

 

【工事概要】
工事名称  (仮称)ボートピア習志野新築工事
工事場所  千葉県習志野市茜浜
発 注 者   株式会社テックエステート
設    計  株式会社レーモンド設計事務所
構造設計  株式会社レーモンド設計事務所
株式会社フジタ一級建築士事務所
施    工  株式会社フジタ
工    期  2005年8月~2006年9月
概    要  鉄筋コンクリート造(下部構造)、鉄骨造(屋根)
地上3階建 建築面積 5,901㎡ 延床面積 10,794㎡

 

(2006年9月1日)

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